しおたまこ てぬぐいの出来上がるまで2
今までブログ書いてきて、第1回目と名のつく記事は、2回へと続かず終わりをつげたものばかりだったけれど、初の「2回目」!
私のそこはかとない気合いを感じますね!
さて、前回は手ぬぐいを染めるための「型」の製作過程だったけれど、
今回は、いよいよ染めの段階にぐりぐり〜っと入っていく。
真っ白な“さらし”を交互に均しながら枠に張った型を乗せる。
気持ちがいい!
この作業は「注染」のキモといってもいいくらい大事な作業だと思う。
職人の長年の技と感覚で、寸分たがわぬ位置で糊を幾重にも引いていく。
しかし、熟練というものは至難の技なんだけど傍らで見ていると、すごく簡単そうに、
まるでリズムにでも乗っているかのように淡々と行っている。
すごいことだなあと感心しきり、、。
それをやっているのはキャップの似合う年配の工場長だ。
工場長は寡黙だ。
寡黙星から来たにちがいない。
しかし、休みのときはパットゴルフもたしなむという情報は、すでに入手済みだ。
ホワイトな毛糸のチョッキがキュート。
木でできた包丁のような形をした道具(大小のこれが壁に掛けてある様子がまたいいんだ)
で均等に糊を引く。
型の切り取られ無かった所には糊が付かず、くりぬいたた所にだけ糊が付く。
糊の付いた所には染料が侵入せず、ついてない所だけが染まるという仕組み。
糊のついた部分におがくずをかける、、というかまぶす。
そうすることによって、熱い染料を掛ける時に糊へのダメージが少なく、
糊の固まるのが早いそうだ。
染料の粉を経験から配分して、色出しをする。
その染料をグツグツと煮込んで色の液を作り、じょうろの口が細長くなったような道具で
染料を丁寧に流し込む。染料はとても熱いので気をつけましょう。(誰が)
夏のこの作業はとても暑いと思う。。職人さんも大変〜
この作業をしてくれているのは、ここの作家兼、職人さん。
彼女のファブリックは国展でも入選しましたー。ごいすごいす〜〜!関係ないけど美人さんだしー。
ここの女子はマジで美人ぞろいだ。1時間ごとに“生美人時計”やったらいい。
次が、糊を取る「洗い」の工程。
川から直接引いた水を、手作業で(ここポイント)バシャバシャと洗い落としていく。
今は、ほとんどのところが機械化されているけれど、ここは丁寧に手作業で行っている。
この洗いの作業が見ててカッコイイ。とても萌える。職人好きとしては。。
夏にこの作業は大変ながらも爽快で気持ちイイのではないかと思った。
冬はちべたそ〜
綺麗な水ですすぐ作業。
彼は終始寡黙でした。多分、工場長と同じ寡黙星から来たんでしょう。
壮観!干し完了〜の様子。
感無量、下から見上げてぐっとこみあげる喜び。職人さんに握手して歩きたいほどだった。
ありがたいです。想いが形になる過程は何にもかえがたい生きる楽しみなんだ。
これができた自分は、本当に幸せだな〜って思う。
まだ、工賃お支払いしてないけどね。。。(超現実)
普通はこれを裁断して、手ぬぐいにしていくんだけれども、
私はこれをワンピや浴衣にもしてみようと思っている。
職人さんから、デザイナーさんへ。次へのバトンは渡される。。
それらの出来上がりはまた、次回、第3弾につづく!
ここで、ちょっとインフォを。。**************************************
このブログで綴ってきた手ぬぐいの展覧会を夏に開催する予定です。
場所は、新潟(長岡)と神奈川(鎌倉)の2ヶ所。
内容はコラボのお相手が違うので微妙に異なり、最初は服飾メイン、鎌倉のはイラストがメインですがどちらもイラスト手ぬぐいは展示いたします。
●新潟(長岡) 場所:ギャラリーmu-an
期間:6月22日(水)〜7月3日(日)
衣服デザイナーのヤオイタカスミさんと
●神奈川(鎌倉)場所:ギャラリーヨコ
期間:7月6日(水)〜7月10日(日)
イラストレーターのサカガミクミコさんと
※どちらも越後亀紺屋 藤岡染工場さんに、協賛していただいております。
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しおたまこ てぬぐいの出来上がるまで1
久々のブログーー。
夏のイラスト手ぬぐい展に向けて、手ぬぐいが出来上がる様子を
愛と感動のドキュメンタリータッチで綴っていこう。
手ぬぐいの染めを依頼したのは越後亀紺屋 藤岡染工場さんといって、新潟県の阿賀野市水原(関係ないけど三角だるまのこけしでも有名)という所に古くからある染め屋さんなんです。
出会いは、ツイッターでここのお嫁さんと知り合ったのがきっかけ。
もともと自分のデザインをファブリックにできたら。。という気持ちと、職人好きで何か職人さんに自分のデザイン作ってもらいたい!という希望もあり、実現する運びとなった。
よい出会いに感謝。ツイッターありがとう!
工程は全部手作業。手染めといいつつも「糊を落とす洗い」は機械のトコが多いけど、ここは完全に「手」で行っておりましたー。じーん、職人ラブ。
まず、型彫りといって、純正の和紙に柿渋を塗った「渋型」に彫刻刀を使って
原画どおりに、手で丁寧にくりぬく作業をいたします。
拡大!思ったより、すごい忠実だ!
次ぎに型と型の間の空間をつなげるためのつなぎを間引いていく作業。
細かい作業、、効率よくまびくためにも頭も使うし、うう、肩凝りそう〜。。
この作業を、しんと静まり返った場所で集中してやってらっしゃった。
「音楽とか聴きたくなりませんか。」と聞くと
「そうやって代々ずっとやって来た」とのこと。静寂は最大限の集中力を呼ぶんだね。
身の引き締まるお言葉。。。誰だ、ポッドキャスト聞きながら仕事をしてるのは!ゴメンナサイ
そして次の工程は、「紗張り」の作業。
漆をぬりぬりしているとこだねー。
彼女は若い亀紺屋さんの職人さん。真剣な表情。でも、話している時の彼女は何をいっても笑う。もしかして自分、お笑いでもイケるんじゃないか、、って錯覚させられるほどに、笑いが絶えないSさんなのでした〜
これは余分な水分を取っている?
乾かして型の出来上がり!!
次回は「染め」の工程をアップします。
三条市 避難所周辺生活マップ
三条市 避難所周辺生活マップ
福島県南相馬市のみなさまへ
福島県南相馬市から被災されている皆さんにお役に立ちたいと
三条市の避難所周辺生活マップを作りました。
散歩、買い物などにご利用下さいね!!
「sanjyo_map1.pdf」をダウンロード
制作 デザイン 野口 彩
イラスト しおた まこ
『会津』(もう一度、カウンターの中のおばさんが見たい)
昨今、熱い人といえば松岡修造くらいしか思い浮かばなくなってしまったが
ひさびさに熱い気持ちにさせられたことがあった。
友人Fとは、原宿の文具屋で偶然出会ってから、20年来の縁で繋がっている。
東京に行くときはいつも寄せてもらっているんだけど、
ある晩、彼女に一件の飲み屋さんに連れて行かれた。
渋谷にあるのんべい横町にある店、「会津」。
わずか2坪くらいのこじんまりしたカウンターだけの居酒屋。
「おばさん」と呼ばれ親しまれている店主は45年間、一人店を切り盛りしてきた。
おばさんももう89歳だそうだ。ミラコー!!
私も何度か行ったことがあって,
文字通り会津出身のおばさんの、生真面目でナイーブ、そのくせ大胆キュートなツンデレキャラに、心をわしづかみにされてしまった〜。
からむ客や愚痴っぽい客には「もう、帰っとくれ!」と、おばさんの容赦なき追い出し攻撃というお仕置きが待っている。
赤いセーターの下から腹巻きをクロスさせた自家製のブラをチラ見せして、
「これ、おっぱいが上にあるように見えんのよ」とウインクのあと豪快な笑い(汗)
そんなおばさんと彼女は、長年のつき合いを経て客と店主の関係を越えて、家族の風景化した。
私には2人の行動パターンがあまりにも似てて驚いたというか、こんな人が世の中に2人もいるのか、、と倒れそうになった。
しかし、今年に入って、「会津」は閉店の危機に追いやられている。
おばさんの体調が思わしくなくなってきたからだ。
ある日上京したら、店のカウンターにはおばさんはおらず、彼女が立っているではないか!
聞くとFの相棒と2人で交代で店に出ているそうなんだって。ええ〜〜!!?
もっと驚かされたのは、泊まらせてもらった翌朝、彼女のキッチンから料理の!?匂いが!?幻臭!?
料理もほとんど作ったの見たことない(てか、作る気ない)彼女が、里芋のにっころがしを作っている。それは叶恭子がわらじを履くレベルほどにありえないことだった。。。(死んでもあり得ないわけじゃないってゆう、、)
「今日は、店番の日なのよ」
忙しそうにタッパーに盛りつける後ろ姿を見ながら、女だったのかオメー・・・と目頭が熱くなった。。
彼女は自分の会社も経営してるので、業務との兼業はけして楽ではないはずだ。
その間をぬって、おばさんのいる老人ホームに通い、おばさんとの親族と連絡取り合って信頼を得ていた。(おばさんにはお子さんはいません)
おばさんには、留守の間、自分たちがおばさんの城を責任持って守るからねと約束。
おばさんも家族以上に信用している彼女達に、すべてを任せた。
旦那に先立たれ、女手一つで作り上げてきた城だ、信頼以上の信頼がなければ任せる気にはならないだろうなと想像をする。
彼女と相棒の彼は、おばさんをもう一度ここに立たせると決意した!!
「もう一度、カウンターの中のおばさんが見たい」
“もう一度、カウンターの中のおばさんが見たいプロジェクト”はこうして始まった。
カウンターにすわって彼女を眺めているとおばさんとダブって見える。
楽しげに笑ってる顔を見て、なかなかサマになってきたな、、と思う。
イイ笑顔だな〜って思う。
あんまり美味しくない芋の煮物を食べながら、
どうしようもなく胸が熱いのは、お酒のせいだけではないなと思っていた。
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“もう一度、カウンターの中のおばさんが見たいプロジェクト”は
現在も進行中です。
渋谷に行った際は立ちよってみてね!
渋谷のんべえ横町 『会津』
事故を起こした。
少し落ちついてきたので、書いておこうと思う。
なにも、語れる事などないし、反省文ともちょっと違うんだけど
起こったこと、感じたことを、書き留めておきたい。
自分のため。家族のために。。。
1週間前に大きな交通事故を起こしてしまった。
私の前方不注意によるものだ。
ここ何日かは、重い気分から立ち直れなかった。
心が落ちつかずぼう然としていたが、
なんとか仕事に支えられ過ごしていた。
人間だからいつか忘れるだろう。
でも、このことは大きな過失でもあると同時に
貴重な経験でもあった。
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その日は、残暑の残る、とにかく日ざしの強い暑い日だった。
子供のサッカーの練習が昼からあり、
時間ギリギリに家を出たので、私はすこし焦っていた。
子供を一人助手席、一人後ろに乗せた。
いつも通る見通しのよい十字路。
いつもは大来が多いけど、今日は少なめだなあ。。
左右確認したけど左はもう一度確認しなかった。
急がなきゃ!
一旦停止をちゃんとせずにアクセルを踏んだその瞬間。
バンッ!!甲高い破裂音のような音とともに、あ!?っ
と気がついたらクラクションは鳴りっぱなし
目の前は真っ白。エアバッグが開き、車内に煙ときな臭い匂いが充満していた。
すぐには何が起こったのか、判らなかった。
「え?え?え?何かにぶつかった!?車?夢?どうしよう!子供!」(子供の方を見る)
子供2人とも「イテテ・・」などといいながらも、大丈夫そうには見える。
「ちょっと車来るから出ないで待ってて!」
すぐに車から飛び出した。
舌を噛んでいたようで口のなかに生暖かい血が充満して来た。
車から出て目に入ってきたのは相手の車だった。。
「やばい!!車にぶつかったんだ。」どうしようどうしよう・・・
頭がパニックで、前の景色がグラグラ揺れた。膝から崩れ落ちて
しまいそうだったけど、どうにか気をしっかり持ち
子供を車から出して、相手の車の窓を見る。
相手の車は正面から側面にかけてぐしゃぐしゃにみえた。
絶望感。。。殺人、、重く黒い文字が腹の底から駆け上がってきた。
走る!相手の車に走る。心臓が口から出そう。
「大丈夫ですか!!」車の中の男性はゆっくり身を起こした。
(生きてる!神様!ありがとう!)
そして、相手の男性は煙の立ちこめる開かないドアの窓からぐんぐんと這い出してきた。。なんと、
無傷であった。。奇跡。
私は思わず、「ああよかった、あなたが無事でよかった!」
と叫んだと思う。痛い?痛い?とバカな聞き方くりかえしてしていたような気がする。
子供たちはその間、車の来ないとこへ座らせておいたようだ。
その間、1分くらいの出来事である。。
クラクションは2分ほど鳴り続けてやんだ。
車の最後のオタケビのように感じて心がかき乱された。
車は自分の代わりに死んだ。
(そのあと、レッカーされてディーラーの廃車置き場に会いに行った時、変わり果てた姿の彼女(なぜか女子だった)を見て、想い出が込み上げてきて涙が止らなかった。)
その後は、救急車、消防、警察入れ替わり立ち替わりの対処でよく覚えていない。
その間、通り掛かりの人がみんな親切に力を貸して下さったこと。
感謝の気持ちを伝える事無く行かれてしまった。お名前など聞いておけばよかったと
後悔の念ひとしおだ。
事故の相手の方は救急車に運ばれていった。
後から駆け付けるため病院の名前を確認する。
消防の人も確認を済ませると、引き上げていった。
警察の人たちがテキパキと事故処理をしている。
ぼう然と立ち尽くす私。
その時感じたのは、
事故は自分が死んだと解らないままにあの世に行く。
ほんの一瞬の中で起こるんだ。
そしてついその瞬間から今、血脈が流れているこの体はただの“むくろ”となり、
すぐに処置され、過去のものとなる。
私はイメージした。
私達の遺影の前でうなだれる旦那と長男を・・
私は死んでも残された家族は、“悲しみ”という万力で
ずっと深く重い圧をかけ続けられて暮らしていくんだ。
暑いアスファルトの照り返し、遠くのかげろうが今の状況を幻想のように
思わせる。
現実に引き戻され、警察の事情聴取というやつをやった。交通課の警察官はもう何人もの事故を見てきたのだろう、私よりも状況を把握してるみたいだった。
最後ぽつりと「あなた、本当にラッキーだったんだからね」と乾いた声で言った。
それ、マジで重みのある言葉だった。
仕事を中断して、旦那が駆け付けてきた。
無言で歩み寄ってきた。
事の惨劇は車の有り様が物語っていた。
引き寄せて抱きしめて一言「お前が無事でよかった。。」と言ってくれた。
緊張の糸が切れて、涙が出て出て。。。全身全霊の反省の涙。
背中をトントンとはげましてくれるように支えてくれる手。
温かくとても大きな手だった。
人を変えようとするならば、愛する他ないのだ。とその時教えてもらった。
家族、義母も「お前さんが無事でなによりだて。一番大事な人だもん」。
義父は日ざしが暑いだろうと、わたしの肩にタオルを掛けてやれと言ってくれた。
私はこの時の感謝の気持ちは、一生分忘れないと思う。
自分がしでかしたことに対する後悔と一緒に
なんていうか、いいようのない温かい感動のようなもんにも包まれていた。
その日の夜、相手の方のお家に謝罪に行った。
お相手が元気そうに出てこられて、小躍りしたくなるようだった。
相手の顔に赤味が戻っていて、(事故直後は顔面蒼白だった)ほっとした。
気がついたら玄関にひざついて頭をさげていた。
人は本当に反省したら、勝手に三つ指になることがわかった。
お相手の方は「僕の方は大丈夫ですよ。お子さん、大丈夫でした?気をつけてあげてくださいね。あなたも怪我ありませんでした?」
お相手のお母様も、「皆にあり得ることだから、私達だっていつ起こすか判らないんだから。あまり気にされず、お子さんのために一日も早く明るいお母さんにもどってあげて下さい。」
と・・・・・・!言って下さった。のだ!
同じ立場に立って自分はこの方と同じことが言えるだろうか。。
あんな目にあったのに、こんな優しいなんて!、、またメソメソとしてしまった。
慈悲の心を教えていただいた。
謝罪終えて帰りの車中。。。
旦那がぽつりと「少しの数字(距離、スピード、角度、タイミング)の違いで、お互いにどちらかが死んでたかもしれない。
お前が殺してたかも知れないし、お前や、子供も死んでたかも知れない。
お前はそれが解ったんだから、命拾いをしたんだと思うよ。」
「命拾い?」
「今回の事故がなかったら、次は取り返しつかなくなる事故をしてただろうってことだよ。きちんと止るって事が本当の意味で解ったんだから。」
セキを切ったように涙があふれてきた。
過信していた。全てに過信していた。
九死に一生を得た、不安と感謝と恐怖と喜び。
おさえようのない慟哭。
きっと産まれてくる赤ん坊が泣く理由があるとすれば
こんな気持ちではないのかと感じた。
九死を真剣に考えなければならない。九死を忘れてはならないんだと思った。
失礼だけど相手の方が遺影の中にいる絵を想像した。
その前にうなだれるご家族を想像した。
とめどなく後悔と感謝が流れ出てきた。
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当たり前だけど、命は一つ。
一生はたった一回。生かされている。
自分も、相手も、皆、同じように。。
私はこの機会ほど“感謝”を感じたことはない。
子供が変らずはしゃぐ姿を見て、こんなにも輝いて笑顔が美しいと感じる。
きらきら光る目、躍動感あふれる肌、匂い。
全てを五感で感じたい。
何に感謝かわからない、神、仏、先祖?わからない。
わからないけど手を合わせて感謝したいと思う気持ちが湧いてくるのだ。
生かされたのだ。 死なないですんだ。
鏡の中に写るシートベルトの摩擦傷は、日々癒えて行く。
傷の癒えと一緒に忘れてしまいたくない。
あの暑い夏の昼下がりに起こった事故の中に、忘れてはならないものが
自分にはできた。
産まれ直しだと考えて、今までと変らないあたり前の生活を感謝して
これからも大切にしたいと思っている。
夏休みのお知らせ!
お仕事関係の皆様へ。
日頃はお世話になっております!
この度、夏休みを8月9日〜16日まで、とらせていただきたいと思っております。
が、継続しているお仕事に関しては当初のスケジュール通り進めさせていただきますし、
毎日メールもチェックしておりますので、引き続きよろしくお願いいたします。
では、まだまだ暑さも長引きそうですが、お体に気をつけてよい夏を!!ヽ(´▽`)/
しおた まこ
夏 Tシャツオーダー 承ります!
〜今回のTシャツオーダー受付は終了させていただきました。
たくさんのオーダーありがとうございました!!〜
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夏な季節となりました!
皆様いかがおすごしでしょうか。
さて、夏、必須アイテムのTシャツをお作りします。
微妙なTシャツを着て、皆から心境の変化を尋ねられよう!
お気軽にカスタマイズしてオーダーくださいませ。
お値段は¥2,800(税込み)+メール便代 1枚につき¥160
※ビーズ加工アリは+¥200
支払い方法は、お送りする際に明細請求と振込先を同封いたします。
Tシャツの色を選びたい方はこちらから
インクなどの指定にご希望あればはメールにカラーデータなど添付くださいね。
ゴールド、シルバーも対応できます。
G,Hはビーズ加工につき、+200円 です。
ビーズなしにもできます。
サイズはこちら
男性、女性、子供サイズあります
種類とサイズ(カラーを指定したい方は番号)、枚数を明記して、
ご住所、電話番号、お名前をお願いします
メールに、以上の内容を記載してお送り下さい。
お手数をおかけします、よろしくお願いいたします。
なつかし昭和ものシリーズ 2
今回は、近所のレストランで見つけた。
星占いのおみくじ。
100円を入れてレバーをつまみスライドさせるとおみくじ状に出てくるというもの
子供の頃、これがあるとテンションがあがったー。
宇宙船のようなこの形態、ワクワク感満載!!
親は絶対やらせてくれなかったけど、そのお陰で
このおみくじ星占いには熱い想いが渦巻いている。
当時のレストランは私にとっての天国だった。
今でも、「レストラン」って声に出すとうっとりしてしまいます。
スプーンとフォークは紙のナプキンでクルクルとねじり巻いて出された。
いまでも、ねじり巻いて出してくるお店とかあると無性にうれしい。
ナポリタンはスチール製の楕円皿にのって出されたりしていた。
「ステーキ」は「ビフテキ」と呼ばれていた。
メニューから注文を選ぶ時は喜びで軽いめまいがしたものだ・・・。
。。って、もう当時のレストランの想い出に浸ってる場合ではない。
話を本題に戻すとーーーーー
ええ、そうそう、おみくじ占いですよ。
子供の頃から100円だったから、今も値段変ってないな。
たまに一緒に行ったおばあちゃんが、自分も好奇心からか、「しょうがないわねえ」的に
始めて体験させてくれた。そんときはうれしかったな〜〜
わたし、乙女座だからね、そこに100円を入れたよ。
で、スライドさせたよー、、、、、ガチャン
薄い紙を硬く巻いた地味ぃ〜な小さな筒状のものがコロンと出てきた。
くるくるを、るくるくしていくと、当時活版印刷のかすれた文字で
いろいろいっぱい書いてあった。
字が読めないアホな私は乙女座のおとめの絵をひたすらにじっとじっと見つめていた。
宇宙船の中にずっといた「おとめ」。
それは、、それはとっても「おとめ」だった。
我が家で見つけた昭和シリーズ その1
いろんなシリーズが1回で終わってしまうことでおなじみのマコログですが、
今回は4回くらいは続けてみたいと思います。
今回は、昭和ものでございます。
ポッドキャストの「池袋交差点24時」から影響を受けまくり、すっかり昭和な子供時代をなつかしむ今日、この頃。。。
母屋の方には、昭和なモンがたっぷりあるでよう。。
と探すと、こともなく見つかった。なんだ、まだ昭和感、たっぷりじゃないか。。
じいちゃん、ばあちゃんの所にはぬくぬくとした昭和がいっぱいのこってる!♪
なんでしょうか、これは電子そろばん?
と思い調べてみたところ、コレは「ソロカル」という名前がついておるらすい。
なんでも、電卓が大衆化し、そろばんに代替する中で、そろばんに慣れていた人は足し算はそろばんで、かけ算を電卓で計算したりした。、、、らすい。
そろばんといえば、私も習っていたような記憶があるけれども、
いかんせんこの根っからの飽き性。そろばんは上手になる前にやめてしまいましたけどなにか。
そろばんのはじく音がなんともいえず好きで
それを聴きに通っていたようなものだったな〜。。
隣の子があまりに上手で、そのはじく音に聴き惚れ、思わず寝入ってしまい先生に
大目玉もらったことも。。
そろばんは私にとっては、計算道具ではなく、楽器だったのだ!!トニー谷!!