エエモン

我が家では、おやつ系の食べ物のことを“エエモン”と呼んでいる。
おやつのコーナの引き出しをごそごそしながら
「なんか、ええもんないかな〜」というのが、語源。
電話でこれから家に帰ってくる人に
「エエモンよろしくです」とお願いしたりする。
そうすると、「はいよ〜、エエモンねー」と返事が返るという仕組み。
エエモンは家族の手厳しい評価を受ける。
おいしく、甘系と辛系が程よくあり、最近の新しい流れを押さえつつ
定番のも押さえておかないとイケない。
その基準をいちじるしく下回っているエエモンには
「ええ〜〜〜〜〜〜っ?」という避難の色を含んだ冷たい反応が待っている。
「ひとっつも、エエモンがないよ!!」
と、6歳と7歳の男の子に悲しい避難目線で抗議される。
エエモン選びは、夫が格段に上手い。
新しい物好きなのだ。
私は、保守派で子供の頃から好きだったものをついつい買ってしまうので
それがエエモン力のなさの原因なんでしょうよ。
関係ないけど、「株式会社エエモン」っていうのを見つけた。
車のタイヤ交換のジャッキとかのセットを作っている会社だ。
家族皆で「おぉ〜」と親しみを込めてそのロゴを眺めた。。。

マズイこと

いきなりですが、
知らないものを知る時に喜びを感じる人は、真の知的人だと思う。
「面白〜い!」と、一見何でもなさそうなことに
反応する人に、すごく好意をもってしまう。
おおっ、何を見いだしたか!?と思う。
自分のフィルターにいちいち通さず、そのもののあるがままを受け入れてる、、
わたしなんか、新しい世界を知れば知るほど、
今までの自分のオリジナリティーを
細切れにして端から捨ててしまうことになるんじゃないかしら。。
と、ほんの少ししり込みしてしまう。
新しく出会った物の中にも自分の共通点をなぞり、
喜んでいたいのだ。
あるいは、知りたい所だけしか見ようとしない。
でもなんか最近、それってマズイかも。。と限界を感じてる。
共感できないだろうと思い込んでいる中にこそ、自分を広げてくれる何かが
あるような気がしている。
これから、そんな出会いがあるとうれしいな
自分はどこまで変われるかな

冬冬冬冬冬冬冬冬冬春春 くらいな季節

ほんのかすかだけれど、体が半分以上獣の私には、、わかる。。
春が来ていると、、。
まだ風の中にも冷たさが厳しく、かすかな芽吹きの匂いも感じられない。
けど、春は来ている。
日差しが違うのだ。太陽の高さというか、、差し込んでくる日差しが
春の位置になって来てる。  来てるでっ。
北陸の小さな田舎に住んでいるので、冬の寒さは厳しい。
だからこそ、春の訪れには皆敏感なのだ。
この土地の春はすばらしい!(と、思う)
なぜなら、春の訪れを楽しみたくてご近所の皆さんが畑に色とりどりの
花を植えるので、それが満開になった時は
「平和〜〜!ピース、ピース!!人類皆兄弟!!」
と叫びたくなるほどさ。
しかし、、それと同時に私の眼には
何万個という花粉の微粒子が進入して行くのだった。
(一気に、気分は冬へ逆もどり)
早めに、お医者さん行って、目薬もらってこよ〜〜っと。